中東産油国との長期供給契約に学ぶ、海外取引のリスク条項の整え方

原油の代替調達ニュースから、中小企業が学ぶべきこと
2026年5月6日、赤澤経済産業大臣が中東産油国と会談し、原油の安定供給で協力することで一致した、というニュースが流れました。
「うちは原油なんて扱ってないし、関係ないよ」
そう思った方、ちょっと待ってください。実はこのニュース、中小企業が海外取引で結んでいる「長期供給契約」の落とし穴を、そのまま映し出しています。
ホルムズ海峡の通航見合わせ、代替ルートの確保、備蓄の放出。これは原油に限った話ではありません。部品でも、原材料でも、海外から継続的に仕入れている会社なら、いつ自社に降りかかってもおかしくない話なのです。
今日は、このニュースを切り口に、長期供給契約に必ず入れておきたいリスク条項を整理していきます。読み終わるころには、自社の契約書をどこから見直せばいいかが見えてくるはずです。
そもそも、なぜ「長期供給契約」が狙われやすいのか
日本の中東依存度は突出している
経産省の資料によると、日本の原油の約9割がホルムズ海峡を通過しており、世界の石油輸出の約3割(日量約2000万バレル)がここを通っています。一本の海峡に、これだけの命綱が集中しているわけです。
この依存構造は、原油に限りません。半導体材料、レアアース、医薬品原薬、樹脂原料。中小企業の調達品目にも、似た「一極依存」が静かに眠っています。
昨年実績で日量236万バレルの原油需要に対し、5月には約6割の日量約140万バレルの代替調達が確定契約ベースで実現。第1弾で30日分放出した国家備蓄は、第2弾では20日分まで抑制する方針。
つまり政府でさえ、「契約を結び直す」「ルートを変える」「在庫を取り崩す」を同時並行でやらないと、供給が回らない状況なのです。
長期契約は「安定」と「硬直」が裏表
長期供給契約は、価格と量を先に固定できるので安心感があります。しかし、いざ何かが起きたときに「契約に書いてないから動けない」という硬直性も持っています。
「3年契約だから値上げできない」「ルート変更は契約違反になる」。こうした足かせが、危機のときに会社を縛るのです。
契約書に必ず入れたい3つのリスク条項
ジェトロの解説によれば、不可抗力リスクへの対策として、契約書で特にチェックすべき条項は「不可抗力条項」「クレーム条項」「紛争解決条項」の3つです。順に見ていきましょう。
1. 不可抗力(フォースマジュール)条項
「天災が起きたら免責される」と漠然と思っていませんか。実はそれ、危ないです。
ジェトロの米国向け報告書によると、米国では「フォー・コーナーズ・ルール」という考え方があり、契約書に明記されていない事象には不可抗力条項を適用できない可能性が高いのです。コロナ禍以前の契約書には感染症が書かれておらず、適用を巡って争いになった事例も多発しました。
ですから、不可抗力事由は「漏れなく列挙する」のが鉄則。具体的には次のような事象です。
- 戦争、内乱、テロ、経済制裁
- 地震、台風、洪水などの自然災害
- 感染症のパンデミック
- 港湾閉鎖、海峡封鎖、航空便停止
- 政府による輸出入規制、為替送金停止
- ストライキ、サイバー攻撃
- そして「その他当事者の合理的支配を超える事象」という包括条項
ホルムズ海峡の通航見合わせは、まさに「港湾閉鎖・海峡封鎖」に該当します。これが書いてある契約と書いてない契約では、対応の自由度が天と地ほど違うのです。
ジェトロ資料によれば、不可抗力条項の適用には「事前通知の書面要件」「期限」「損害軽減義務(代替品調達など)」が定められていることが多く、これを怠ると条項が使えなくなります。条項を入れただけで安心せず、社内に「発動フローチャート」を作っておくことを強くおすすめします。
2. ルート変更・代替調達条項
これは見落とされがちですが、長期契約ほど重要です。
「中東のA港から積み出す」と契約書に書いてしまうと、A港が使えなくなった瞬間に契約自体が止まります。「売主は合理的努力により代替港・代替ルートからの出荷を選択できる」と一文入れておくだけで、危機時の機動力がまるで変わります。
実際、政府は今回、サウジアラビアの紅海側のヤンブー港やUAEのフジャイラ港など、ホルムズ海峡を経由しない代替ルートを使って調達を拡大しました。これは契約上、ルート変更が許容されていたから動けた話なのです。
3. 価格改定(プライス・レビュー)条項
長期契約で一番揉めるのが価格です。原料が高騰しても、契約価格が固定だと売主が出血する。安くなっても、買主は高値で買い続ける。どちらもしんどい。
そこで、「特定材料の市場価格を調整係数として設定し、一定期間中の価格変動を取引価格に連動させる」価格スライド条項を入れます。指標はLME、Platts、TOCOMなど、第三者が公表している市場指標を使うのが透明で揉めにくいです。
四半期ごとや半年ごとに見直し、上限・下限(キャップとフロア)を設定しておけば、両者にとってフェアな仕組みになります。
紛争解決条項は「仲裁」がおすすめ
最後にもう一つ。揉めたときどこで決着をつけるか、です。
ジェトロは、「一方の国での裁判では強制力がないため、貿易取引ではニューヨーク条約に基づいた仲裁が選ばれる場合が多い」と解説しています。日本の判決を中東で執行するのは、現実的に困難。一方、ニューヨーク条約には170か国以上が加盟しており、仲裁判断は加盟国で執行できます。
実務的には、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)や日本商事仲裁協会(JCAA)を指定するケースが多いです。第三国を選ぶことで、お互いに納得感が生まれやすくなります。
中小企業が今すぐ取り組むべきポイント
- 現行の海外取引契約書を棚卸しし、不可抗力条項に「海峡封鎖」「政府の輸出規制」「感染症」が列挙されているか確認する
- 出荷港・ルートが固定指定になっていないか、代替ルート選択の余地があるかを点検する
- 価格改定条項に市場連動の仕組みがあるか、なければ次回更新時に提案する
- 紛争解決条項を裁判から仲裁(ニューヨーク条約加盟国の第三国仲裁)に切り替える
- NEXIの貿易保険など、契約と保険の二段構えでカントリーリスクをカバーする
契約書の見直しは、相手と揉めているときには絶対にできません。平時の、関係が良好なときにこそ「次回更新ではこの条項を見直したい」と切り出すのが鉄則です。今回の中東情勢は、相手にも「契約見直しが必要だ」と感じさせている絶好のタイミング。今動かない手はありません。
まとめ
- 原油の代替調達ニュースは、中小企業の長期供給契約にも通じる教訓を含んでいる
- 不可抗力条項は「漏れなく列挙+包括条項」が基本。発動手続きも社内で整えておく
- ルート変更条項を一文入れるだけで、危機時の機動力が変わる
- 価格は市場指標連動のスライド方式にして、両者がフェアに痛みを分かち合う
- 紛争解決はニューヨーク条約に基づく第三国仲裁が現実的
契約書は「揉めない関係」のためではなく、「揉めても会社が生き残るため」に作るものです。2026年5月のこのタイミングで、自社の契約書を一度引っ張り出してみてください。たった1ページの条項追加が、来年の経営を救うかもしれません。
