円は6円上下し、値札は上を向いたまま。10月、日本との契約書に入れるべき2つの条項

2026年10月。先月のレポートで、為替は読めないのだから判断材料から外すべきだ、と書きました。
9月の相場は、まさにその言葉どおりの一か月でした。そして今月は、先月予告したとおり「では契約書をどう書くか」まで踏み込みます。為替を読まずに済ませるための、具体的な仕組みの話です。
ポイント1.円は一か月で6円以上動いた。しかも上にも下にも
8月末に160円前後だったドル円は、9月に入ると一気に円高へ振れました。ベッセント米財務長官が米テレビで、日本政府と日銀は円高につながる措置を取るだろうと発言。日銀の利上げペースが速まるとの観測も重なり、9月7日には前週末の終値から2円以上円高が進む場面がありました。9月11日には153円台半ばまで円が買われています。
ところが、その日銀が実際に動いた後、相場は逆を向きます。日銀は9月17日から18日の金融政策決定会合で、政策金利を1.00%から1.25%へ引き上げました。植田総裁の就任後で最も短い、3か月という間隔での利上げです。それでも発表後の為替市場では円安が進みました。利上げはすでに相場に織り込まれており、市場の想定を超える材料がなかったと分析されています。
月末にかけては、再び政治が相場を動かします。高市首相は9月25日、22日の日米首脳会談でトランプ大統領から、円安によって米国の貿易が厳しくなっているとの話があったと明かしました。同じ日の夜には片山財務大臣とベッセント長官がオンラインで会談し、円が急伸する場面もありました。そして9月末のドル円は157円台半ばです。
160円から153円台へ、そこから157円台へ。たとえるなら綱引きです。一方には、金利差やエネルギー輸入が生む構造的な円安の力。もう一方には、日米の通貨当局と日銀が加える円高方向の力。どちらも本物の力で、9月はその綱が左右に大きく揺れた一か月でした。
大事なのは、どちらが勝つかではありません。為替が円安方向だけでなく、円高方向にも大きく振れることがはっきりした。これが9月最大の変化です。「円安が続く」に賭けた契約も、「そのうち円高に戻る」に賭けた契約も、同じように危うくなりました。
ポイント2.為替は揺れても、値札の向きは変わらない
為替が行ったり来たりしている間も、日本国内の価格は向きを変えていません。9月に出そろった数字を並べます。
- 日銀の政策金利は1.25%へ。1995年以来の水準で、声明文では今後も利上げを続ける考えが示された
- 8月の国内企業物価指数は前年比+7.6%。3か月連続の7%台で、長引く中東情勢の悪化に伴う原油高が響いている
- 8月の全国コアCPIは前年比+1.7%。前月から伸びが縮んだが、主因は電気・ガス料金支援の開始。生鮮食品とエネルギーを除いた指数は+1.9%で横ばい
- 飲食料品の値上げは9月だけで4,923品目。前年同月の約3倍で今年最多、平均値上げ率は11%。10月も3,033品目が続く
- 最低賃金の全国平均は1,121円から1,177円へ56円上がり、10月以降、都道府県ごとに順次発効する。上げ幅は過去2番目の大きさ
消費者物価の伸びが一時的に鈍ったのは、政府の補助金で電気・ガス代が抑えられたからです。企業同士が取引する段階の価格は7%台で高止まりしており、その上昇分は食品や日用品の値上げという形で、いま最終価格に流れ込んでいます。民間の調査機関からは、秋以降に物価が上振れする可能性が高いとの見方も出ています。
そして10月からは、最低賃金の引き上げが人件費をもう一段押し上げます。為替は上下に揺れました。しかし、日本で作られるモノの円建ての値札は、9月も上を向いたままです。
ここで、海外の買い手にとって最も避けたい組み合わせが見えてきます。円高に振れた月と、サプライヤーの値上げが重なるケースです。為替の割引と円建ての定価が、同時に逆風になります。これは予測ではありません。9月の相場を見れば、十分に起こりうる組み合わせだということです。
ポイント3.先月の予告どおり。契約書に入れるべき2つの条項
読めない為替と、上がり続ける値札。この2つを相場観ではなく、契約の仕組みで吸収する方法を整理します。
一つ目は、建値通貨と為替条項です。
建値通貨とは、どの通貨で価格を決めるかという取り決めです。言い換えれば、為替が動いたときに損をする側を決める取り決めでもあります。
- 円建て:日本側は為替リスクを負わない。買い手は円安なら得をし、円高なら損をする
- ドルなど買い手側の通貨建て:買い手のコストは読みやすい。その代わり、日本側が負うリスクの分だけ単価は高めに提示されやすい
- 為替変動の分担条項:基準レートを決め、一定の幅を超えた変動分を双方で分け合う
9月のように両方向へ大きく振れる相場では、三つ目の分担型が現実的な選択肢になります。たとえば基準レートを1ドル=157円とし、上下3円の範囲内は価格を据え置く。その幅を超えた変動分は、買い手と売り手で半分ずつ負担する。一本の傘を二人で持つようなものです。
利点は、どちらに振れても片方だけが大きな損を抱えずに済むことです。長期の関係を重んじる日本のサプライヤーにとっても、受け入れやすい形です。欠点は、仕組みが複雑になることです。基準にするレートを「特定日の取引銀行の公表仲値」のように明確に定めておかないと、後で必ず揉めます。
二つ目は、価格改定条項です。
9月、日本の主要食品メーカーは平均11%の値上げに踏み切りました。同じことが、いつ自社の取引先で起きてもおかしくありません。これに備えるには、値上げを「その都度の交渉」ではなく「事前に決めたルール」に変えておくことです。
- 改定のタイミングを決める(例:半年に1回)
- 改定の根拠になる指標を決める(例:国内企業物価指数や主要原材料の価格)
- 1回あたりの改定幅に上限を設ける(例:最大5%まで)
- 改定の通知期限を決める(例:適用の60日前まで)
利点は、値上げが来る時期と幅をあらかじめ読めることです。予算が組めるうえ、サプライヤー側も根拠のある値上げを説明しやすくなります。欠点は、物価が上がる局面では、ルールどおりの値上げを受け入れ続けることになる点です。それでも、上限のない突発的な値上げよりは、はるかに管理しやすいはずです。
なお、ここに挙げた数字はあくまで一例です。実際の条文は、取引の規模や品目に合わせて、専門家の確認を経て決めてください。
結論.為替には賭けない。値札は先に押さえる。揺れは条項で吸収する
9月は、為替が上にも下にも大きく動くことを示しました。同時に、日本の円建て価格が金利、企業間価格、食品、賃金のすべてで上を向いていることも確認されました。
為替がどちらに動くかは、依然として誰にも読めません。ただし、日本の値札がこれから上がることは、すでに確定した事実です。
だから取るべき手は三つに絞られます。今の価格水準で中長期の供給契約を結び、値札を先に押さえる。価格改定条項で、将来の値上げを読める形にしておく。そして建値通貨と為替条項で、相場の揺れを双方で吸収する。
相場観に頼らない契約は、円がどちらへ振れても機能します。読めないものを読もうとするより、読まなくても困らない仕組みを先に作っておく。それが、日本と長く取引するための最も確実な方法です。


